スマホも地図アプリも無くても冒険は出来た❕中国から中央アジア ~シルクロード横断ディープ旅~ ウズベキスタン編①
<国境~シムケント~タシュケント>~中央アジア最後の国ウズベキスタンへ突入!そして別れと再会を繰り返す~
《国境の混沌再び》
翌朝バスで眠りから覚めてもまだ疲れが残っていた。
昨晩の国境での悪夢はなんだったのだろう、夢でも見ていたのだろうか。ただ道路で寝転がっていたせいか背中などが痛い。
窓の外を見ると周りの景色は草原が広がっており、またうつらうつらと繰り返しているうちに、気付くと薄茶色のレンガ造りの家が並んでいるのが見えて来たと思ったら、それがこのバスの目的地のカザフスタンでのトランジットの町、シムケントだった。
思ったより大きな町で、家がずっと並んでいた。この辺りはとても治安が悪く強盗なども多いらしいが、何より気を付けなければならないのが、キルギスタンやカザフスタンに今も残る悪しき”ワイフスティーリング“というカップルの女の方だけをさらうというとんでもない習慣のメッカだという。
ただ俺は髭の男連れなので心配ないが。。ま、気を付けるのはオカマの人さらいくらいか。
ここはトランジットのみなので、バスターミナル内で食事を済ませバスを探したが無さそうなのでミニバスの乗合いバスと交渉し、US3ドルでウズベキスタンへの国境まで行けることになった。
ウズベキスタンとの国境まで100km程度なのだが車内は当然の如く隙間が無い程混んでいて、また道も悪く混んでいるので乗っているだけで疲れた。車内にはウズベク人が多く乗っているようで、明らかに今までのカザフ・キルギス人と違った顔立ちをしている。
今まではどちらかというとモンゴルなど日本に近い顔立ちをしていたが、ウズベク人はもっと浅黒く彫りの濃い顔立ちをしている。少しトルコ系にも似て来ている感じだ。中国から大陸をこうやって西に向かってきていると、人々の顔立ちまで徐々に変化していくのが見れて面白い。
このままずっといけばやがてはアラブ系になり、東欧の顔になり、そして最後は西ヨーロッパのラテン系からアングロサクソン系に映って行くのかと思うと何だか地球を旅している実感がわいてくる。
ただ今回はこのウズベキスタンを最後に東にくるっと戻ってしまうが。。
国境につくとやっぱりごちゃごちゃした感じだったが、出国のスタンプの係員は”こんにちは“と笑顔であっさりと押してくれてスムーズだった。が、ウズベク側に行く途中のチェックする奴が難癖つけて金を取ろうとしてきたので無視してそのまま突破した。そしてウズベク側は全く問題無くスムーズだった。
《ウズベキスタンへ、ガラッと変わる視界》
外に出ると色んな車が客待ちしており、その中の一台の乗合いバスを捕まえて町の中心まで行く事にした。
中心地の近くの地下鉄の駅前で降ろしてもらうと、一気に世界が変わった感じがした。キルギスタンより車も人もたくさんいて賑やかで、すぐ近くには中心的な存在のチョルスーマーケットのドーム型の天井が見え活気づいている。
そしてあらかじめ目をつけておいたゲストハウスはこの近くなので歩いて探す事にした。
その宿のことは2,3日前にあのウルムチで一緒だった、オージー系ニュージー人のピーターと日経3世ブラジリアンのエリアナカップルからメールで情報を得ていて、彼らはおそらく今朝チェックアウトしてるかもしれないといっていたが、とにかく良さそうなので行く事にした。
ちょっと迷って分かりにくい門を入ってみると、そこがやはりそのゲストハウスだった。オーナーは流暢な英語を話すロシア系のおっさんだったが、今チャリダーが多く混んでいるのでドミトリーではなく、ツインのちょっと高めの部屋をあてがわれた。
そして今晩マタンの幼馴染の友達もここに来て泊まるので、エキストラベッドを入れて3人でその部屋をシェアすることになった。約2週間マタンと一緒に旅してきたが、今晩奴の幼馴染が来たら明日の朝から彼らは2人で少しウズベキスタンを旅行をして、トルコ経由でイスラエルに帰るらしいので、明日の朝にはもうお別れだ。
この宿のオーナーにピーター達がまだ泊まってるか聞いてみたら、今朝チェックアウトの予定だったが彼女の方のエリアナが体調を崩しらしく出発を延ばしたらしい。
ビンゴ! 後で部屋に行ってみよう!
俺達の部屋はいい部屋なのでエアコンが着いていて部屋にシャワーもある。ここの共有スペースの中庭も綺麗で、室内の共同スペースにはプレステまで置いてある。
〖ウズベキスタンでは外国人旅行者は必ず政府公認の宿に泊まり、そこで滞在証明書を発行してもらって出国日まで全ての宿の滞在証明書を失くさずとっておき、それを出国カウンターで提示しなければならないルールがある。〛
なのでその滞在証明書をオーナーに頼んでさっそくもらい、一安心して町の散策へと出かけまず人の集まるマーケットに行ってみようと思った。
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《より濃いイスラム文化を肌で感じる》
つい先ほど入国時にも感じたが、ここは今までとは違う。
人々の顔を改めてじっくりみると明らかに色合いが濃く、人々の雰囲気もイスラム色が濃い。カザフスタンの都市部などではイスラム圏にも関わらずクラブで若い女の子達がキャミソール姿で踊り狂ってたりしていたが、ここの女性達は伝統的なカラフルな服を纏い、頭も布で覆っている人が多い。振る舞いももっと保守的に見える。
途中出店でソーセージロールを食べると100円弱と安かったので、これなら今後コストの面でいい感じに旅出来そうだと思った。
《闇両替と分厚い札束で気分はマフィア??》
そしてこのマーケット内こそが例の闇両替の温床になっているので、それらしき人間が声を掛けて来るのを待って声を掛けてきた2・3人にレートを聞くとだいたい前もって得ていた情報通りのレートだったのだが、更に誰かいないか探っていると近くからさっと一人の男が現れた。
彼の言うレートはUS1ドルが現地通貨24500CM(ウズベキスタンの通貨単位)になるという。これはここまでで一番良く、また事前にビシュケクで会ったロバートから聞いていたMaxのレートより更に良い。
そこでとりあえずUS$100分変えてみると、驚いたことにものすごい分厚い札の束を渡された。高さ3cm以上ある。たった100ドルで、えっ!? 見るとお札は2000CM紙幣ばかりで後ろの方にもっと小さい札が端数を補う形であった。
聞くと最近ウズベキスタンの通貨は不安定で、インフレ気味の今でも最高紙幣が2000CMのままで、外貨を両替するとこのように分厚くなってしまうらしい。これには金を数えて確認するのも一苦労だ。ようやく数えて確認し終わったのだが、今度はしまうのに苦労する。
こりゃ一気に100ドル以上は変えられないな。。
本当は地方に行く前にここでもうちょっと変えておきたかったのだが、運搬に苦労するためちょっとレートが悪くなっても地方都市で変えねばならなくなった。分厚い札束を見てマタンとまるでマフィアにでもなったみたいだな、と急に王様気分に浸ってしまう所は貧乏人の悲しい性が。
《またも再会・ウルムチ同窓会と旅のスタイルの違いについて》
そして一旦宿に戻るとピーターと再会した。エリアナはまだ体調が悪いらしく部屋に籠っている。彼らはキルギスタンには行っていなく、カザフスタンでカウチサーフィンを多用しながら現地の人々と関わって来たらしい。
この”カウチサーフィン“というこの旅で初めて知ったシステムだが、なかなか画期的で現代的な旅の新しい形だと思う。今までは主に偶然の出会いを元に現地の人々と交流したりすることが旅の醍醐味だったが、この新しいソーシャルメディアシステムはあらかじめ会員登録して目的地に行く前に、同じくホストとして登録してる現地の人にアポイントメントを取って行くので、その現地の人との交流が既に”確証“されているのである。
なので今後はこのシステムはどんどん旅人の間に広がっていくだろう。
ただ、俺はピーター達が旅を始めるより大分昔に旅を始めた世代の人間だからか、ネットに頼った旅というものにどうしても物足りなさというか、ドラマチックな要素の無さに違和感を感じ魅力的な旅のスタイルには映らなく思ってしまう。
ネットでの情報収集は実際必要な時にはするが、それに頼りすぎてしまうとそこばかりに時間を取られ、夜宿に籠ってネットばかりしてるような旅人も多い。
別に人それぞれで勝手に自分のスタイルで旅すればよいのだが、最近の長期旅行者の多くは移動の度にわざわざネットで時間を掛け、宿の評判などを調べ上げて必ず事前予約していくらしい。
それは旅をする意味があるのかな?
皆元々自分の勘や自分のフィーリングで動きたいから、自分の国を出て自由に旅したいって思ったんじゃなかったんだろうか?
俺は少なくとも自分の勘を一番信頼出来る情報原として今まで信じてやってきたし、何より全て予定が決まってしまっていては、そこに縛られ面白い物や経験をたくさん見逃してしまう。
特にこの旅では本当に偶然の流れというか勢いで動いてきたが、色々とアップダウンはあるが旅の流れが大きく変わる瞬間というのを、自分の肌でそれを感じて来て興奮したりした。
なので俺はどんなにそういうものが発達しても、上手く活用しつつもそういった情報過多なシステムには振り回されずに、偶然や自分の足で見つけた出会いを求めてこれからも旅していこうと思う。
カウチサーフィンとかはヨーロッパの都市部など偶然性が低いと思われる地域では、活用することで色々と深く入り込める良いきっかけを作ることは出来るかもしれないので、今後そのシステムを使うかもしれない。
だが、この中央アジアのように色んな事が目まぐるしくやってくる地域などでは”、予定“や”確証“は旅の醍醐味を半減させる邪魔な存在である。よって俺はこの中央アジアでは思いっ切りカオスな濁流の中に身を任せたいんだ!
と、何が言いたいのか分からなくなって来たので、そんなことを考えるのはやめてちょっと近くのモスクに行ってみた。
《路地裏とローカル雰囲気が漂う夕暮れ》
夕方なので人出も多くモスク前は混雑している。
大きなモスクを下から見上げると結構な迫力だ。今まで見たカザフスタンやキルギスタンのモスクと違い、茶系の建物に白や青を基調としたデザインをデコレーションした派手さは圧倒的な存在感がある。
これぞイスラムモスク!といった感じで、そのてっぺんのドーム状の屋根は遠くから見ても際立った存在で、それが見えればすぐにあそこにモスクがある!、と認識出来るランドマーク的な価値も見出してる。
人々もにこやかに挨拶とかしてきて、この国も楽しく旅が出来る予感がする。そして再びマーケットに行ってみる。そしてバザールの中に入るとイスラムの男達が持つ太くてゴツイ短刀が並べられた店などがあり、今まさにシルクロードを旅しているんだと実感がわく。ここには圧倒的な異国間がある。
歩を進めると目に入って来るのは、このウズベクスタンの特徴的な円形の大きなパンやカラフルなスナック、香辛料と異国情緒に溢れている。これはまたカザフスタンやキルギスタンと違った面白さを体験出来そうでワクワクしてきたな。
一旦宿に戻るとマタンは幼馴染を迎えに空港に行ったので、俺はマーケットや栄えている一帯とは別の方向に歩いて行った。その宿の裏の方向には住宅街が広がっており、道は狭く路地がひしめきあっていてローカルな雰囲気が満載だ。
家の建物が石造りなども多くイスラム的な色合いが強くなってきている。そこを一人でブラブラしたが、人々はシャイでちょっとイキナリ来た外国人に戸惑っている風もある。途中路地裏で子供達が道路の上で仲良く遊んでおり、その光景にすごく何か甘酸っぱいような懐かしさを感じた。
やがて住宅街に夕日が反射してきて町の色合いが変化し、すごくノスタルジックな雰囲気の中の散歩はウズベキスタン一日目にして満足の行くものだった。
宿に戻ると日本人の女の人がいて、ロンドンに滞在してるらしく今回の旅はウズベキスタンのみらしい。何か久しぶりの日本語をしゃべる自分に少し違和感があった。
そしてピーターと表通りのスーパーに行き、そこでビールや御菓子などを買い、ケバブを買って宿にもどり早速ビールを飲み始めた。ウズベキスタンのビールは”パトリオット”という大袈裟な名前がついていたが、味は薄目で微妙だった。また、スーパーで買ったグリーンティーは御茶なのに塩味がきつく思っていたものと大分違った。そういえばここ中央アジアではお茶に塩を入れる文化があったんだっけ。
《そして最後に暴かれたマタンの秘密》
そしてマタンが空港からダニーという幼馴染を連れて戻って来たのだが、ここでずっと引っかかっていた例の、
『なぜ・いつマタンはベジタリアンになったのか?』
という疑問についに一つの答えが出た。
何と小さい頃から周知の仲の親友ダニーがマタンの為に、トランジットで寄ったトルコの空港でデカいサンドイッチを買ってきた、チキンの。、、、、チキン!?
ちょっと待て!なぜ旧知の中で何でも知ってるはずのダニーが、ベジタリアンの幼馴染に特大肉入りサンドを買ってきたんだ!?
これは嫌がらせか、或いは新手の久しぶりの歓迎ギャグなのか???
その二人をジッと観察していると、マタンがダニーに礼を言い、おもむろにそのサンドイッチを口に入れて食べ始めた。そしてそれを満足そうに、『お前これ昔っから好きだったよな!』的な感じで眺めるダニー。
ん??? ダニーはマタンがベジタリアンである事を知らない!!!!!
マタンは美味しそうに食っているフリをしているが、よく見ると目を潤ませながら口いっぱいに肉を入れもぐもぐさせている。そして心なしか足が痙攣してるように見える。。。
ダニーがトイレに行った隙に俺はマタンに肉を食って大丈夫なのかと聞くと、
”何とか大丈夫だ、奴は俺がベジタリアンになったことを知らないから、せっかく買って来たのにガッカリさせたくない、我慢して食う”
と言いながらも気持ち悪そうに口の中の物をダニーが戻ってくる前に吐き出したりしていた。。
幼馴染が知らないのか!!?
こいつは確か大学を卒業してすぐ徴兵に行き、その後間を開けずに2年の世界旅行に出発し、その終盤が今である。という事は、幼馴染のダニーと離れていたのは徴兵の間と世界旅行中という事になる。確か今までの会話で、世界旅行中にはもうベジタリアンになっていて、各国でベジタリアンであるが為に大変だったという事を聞いた記憶がある。。
よって導き出された答えは、これまでの推理通りその徴兵に行っていた間にベジタリアンにならざるを得ない何かが起こったと考えるのが自然だ!絶対にその時のトラウマか何かでベジタリアンになったに違いない。
そうすればあの一日置きの悪夢にうなされたり、奇妙な徘徊と聖書の音読などの奇行に全てに納得が行く!
今、全ての辻褄はあい、謎は解けた!
おそらく徴兵以前は普通に肉を食べていたのだろう。そして徴兵中はお互いバラバラに過ごし、その後すぐに2年間のこの旅に出たというから、その間出発までに会う機会はあってもベジタリアンとかが露呈するタイミングがなかったんだろう。
そしてそのまま旅に出てダニーはマタンがベジタリアンになった事を知らぬまま、今2年ぶりの再会を果たした。これはあくまで俺の想像上のストーリーだが、事実もおそらくそんなとこだろう。
あえて深くは追及しないが、俺の推理がズバリと当たった瞬間だった。。
ただ俺は探偵でも警察官でもなく、これを当てた所で何も俺が得する事は無いのだが、キルギスからウズベキスタンに入る直前にキルギス美少女のデートのお誘いを断ってまでこのヒゲ野郎と一緒に国境を越え、こいつの最後を見届ける選択をしたので、ちょっとスッキリしたのであった。。
その後は久しぶりの再会を楽しむ奴らを2人にして、俺はピーターや他の旅行者達と交流を深めて疲れたので寝た。