Road to オーストラリア永住権⑧
ゴールドコーストで新生活スタート❕まずはビジネスビザ取得へ
《新人数人の中でビジネスビザスポンサーの席を争う》
かくして新しいオーストラリア生活は2003年1月からゴールドコーストで始まった。
仕事は決まっていたのだが、勿論いきなり会社がスポンサーになってビジネスビザを取得出来るわけではなく、数か月ワーキングホリデービザを使ってこの会社で働き、お互いに需要と供給が一致すれば晴れてビジネスビザ申請、といった流れになることは事前に確認済みだった。
そしてこの会社でそのトライアル期間にチャレンジするために日本から来たのは俺だけでなく、面接で合計4人受かったようだ。仕事を始める時言われたのは、その中でいい人材がいれば是非ビジネスビザをスポンサーしたいとの事だが、もし誰も会社が思う基準に達していなかったら全員ビザの話は無しで帰国、といった可能性もある事も示唆された。
4人にプラスゴールドコーストで大学を終えたばかりのT君という人も同じ立場でいる事がわかり、合計5人がバラバラだが近いタイミングでそのビジネスビザの席を争う感じになる。
《ゴールドコースト・サーフィン文化と強い日本人コミュニティー》
そしてまずはゴールドコーストの生活に慣れねばならないのだが、まず印象的だったのはゴールドコーストの地域は海から平行して中心地のサーファーズパラダイスから南北に街が伸びているので、海沿いに発達している。
そして言わずとしれたサーフィンの聖地。勿論パースでもサーファーが多かったのだが、ここは何というかレベルが違うというか、サーファー自体のレベルも平均的に高いのだけど、そもそもサーフィンが文化になっていた。
自分自身もここでサーフィンをやれることに興奮していたが、ゴールドコーストには日本人のサーファーもかなりいた。そして他のワーキングホリデーや学生もやたら日本人が目立っているように思えた。
街の中心地には日本語の看板が溢れていて、留学サービスや日本食品店、色んなサービスがあるみたいで、なんなら英語を殆ど離せなくても全然困らない感じがあるのが最初に受けた強い印象だ。
そして滞在している日本人の印象もパースの人達とは違った人種に見えてしまった。勿論パースにも良い奴悪い奴色々いるんだけど、全体的な印象というか個人的な見解は、パースにいる人達の方がもっと独立心旺盛で典型的な日本人感は薄かったように思える。それに比べてゴールドコーストの日本人は”ザ・日本人”という(悪い意味で)タイプが強く村社会的な感じが強い印象だった。
勿論自分はここで新しい生活を始めたわけであって、パースと違ってて当たり前なんだけど、どうしても比べてしまいどこか冷めた目でゴールドコーストの日本人社会を見て距離を置く事に決めた。もとい自分は必ず将来パースに帰ることを自分自身に誓っているので、ここでの数年は割り切って、自分のペースでやっていこうと改めて心に決めたのだった。